あたりまえのこと。
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机の上がすごいことになってます。笑

もう机からはみ出しては色鉛筆が何度も床に落ちます。笑

そして頭の中もすごいことになってます。笑

いろんなものが入ったり落ちて行ったり・・・

でも、こんな小さい脳の中で

いろいろ考える事が出来るから、

人間ってすごいとおもいます。笑



今日は昼に自転車をこいで郵便局まで行ってきました。

なんだかまた寒くなりましたね。




そぅ、ブログのタイトル『あたりまえのこと』って

一体なんだって感じですよね。笑




ちょっと昔の話です。
(昔といっても、4年前の高校生の頃の話です。)



今までのブログにも何度か書いたように、

私は高校時代の、

神経や体をおかしくしてしまってた時の事です。



ちょっとした神経からくる障害を持っていました。

今は昔ほどではないけど、


高校時代が一番その障害が強く出てました。



すぐパニックになったりして、気持ちの面から

体に悪影響を与えてしまうというか・・・



お腹が痛くなったり、体の不調が出て来てしまうんですね。


人それぞれで、

私の場合は、動悸が激しくなったり、・・とか

そんな症状がでてきてしまうんです。


だから、人ごみとかも行けないんですね。





それで、あの時の私は授業中に椅子に座って、

1校時の授業を受ける事もすごく辛くて大変な事だったんです。





静かな場所、静かになる場所、



人に囲まれた空間・・・だめだったんです、私にとって。






だから席替えは

教室の壁側の席になることをただ毎回毎回祈ってました。




1時間の授業を受ける事がすごく辛くて、


先生の話なんて聞ける状態じゃないんです。笑


なんとか気を紛らわすために、ノートに絵を描いたり、

ただただ机にうつ伏せになって

時間が過ぎるのを待ってました。


だからテストなんてもぅ本当に逃げたいくらいでした。

勉強が嫌だとかじゃなくて、


あの空間に一時間も席に座ってる事が


もぅ、



苦しくて、



辛くて・・・。




だから別室受験も何度かしたこともありました。

家に帰ってはただただ泣いていました。



毎朝毎朝学校に行くのが憂鬱で、



何度も学校を休んだ事もあります。





そんな時思ったんです。



『ぁあ・・・ただ机に向かって座って、普通に授業を
 
        受けれる事はすごく幸せなことなんだな』  と。


あたりまえだと思える事は、


本当はすごくすごく幸せなことなんですね。




時間はかかりましたが徐々に体調が良くなって、

今までより普通の気持ちで授業を受けれるとき、




すごく嬉しくて、



しあわせな気持ちを知る事ができました。




ただ机に座って授業を受けれる、しあわせを。




あたりまえだと思えることは本当に幸せな事なんですね。


幸せとは、


誰が決める事でもなく、その基準は人それぞれ。


だから“あたりまえ”を自分の基準で決めて、

周りを見てはいけないんです。

自分が、多くの人があたり前に出来るからと言って

全ての人が出来ることではないんです。



だから出来ない事を馬鹿にしたり、



笑ったり、


たとえ些細な悩みと思えても、その人にとっては



大きな大きな辛い、悩みなんです。


だから、『たかがそんなこと』って思わないで、



同情するんじゃなくて、


一緒にがんばろうって話を聞く事が大切だと思うんです。








あたりまえに思える、その事が“しあわせ”なんだって、


高校生のあの時、知りました。





何でもそうですね。





たとえば、はじめは嬉しかった事も、

それがどんどんあたり前になったりすると、

人間はその事に慣れて、


今度は


もっと、もっと、と考えだして、


本来の感じた幸せを忘れてしまうんですね。




仕事にかんしてもそぅ、


人にたいしてもそうですね。



その人がいる事があたり前と思うと、




感謝の心を忘れたり、

欲が出て来たりするものです。




自分の周りにいてくれる人、毎日ご飯が食べれる事、

自分の足で歩く事ができること、


そして、



ただ机に向かって座って絵が描ける事、




幸せをいっぱぃ感じていきていきたいと、



その心を思い出さなくてはって思いました、今日この頃。笑


大切にしょぅ、私の周りにあるもの。

大切にしよぅ、私の側にいてくれる人を。







そして、



お母さん、ありがとぅ。



お母さん、高校時代のとき、あの辛かった時期、



いつもいつも支えてくれたね。



『授業辛いとき、絵を描いたらどうだろぅ?

  こんな事考えたらどうだろぅ?』 って・・・






私と一緒に必死に考えてくれたね。








そしてあるテストの日の朝、


もぅ限界。学校行けない。って泣きじゃくる私の背中を

優しく強く愛情をこめてさすりながら、






『果澄、

 テストなんてどうでもいいの。


 点数なんかとれなくていぃ。

 
 0点だって、お母さんは怒らないょ。


 ただね、がんばって行っておいで。


 テスト始まったら、すぐに机にうつ伏せして寝ていいから。


 テストの裏にずっと絵を描いていたっていいから。



 辛くなったら別室受験になったっていいから。



 

 ただ、その場にいるだけでいいの。


 果澄、がんばれ、がんばれ。』



 


 って、そう背中を押してくれたね。


 


 お母さん、私はあの時逃げなくてよかったょ。



 お母さんのおかげだょ。



 
テストが終わって、喜んで、お母さんに電話したね。

 




あの日々は私がちょっと強くなるために


 



与えられた、大切な日々だったんだね。



 



 そんな日々から生まれたポストカードがあります。



 “  豊   ”というポストカーでです。



 




『 あたり前だと思えることを

     心からしあわせに思って、


    与えられたもの全て、

  感謝して受け入れられる、  


      豊かな心をもてたなら。』




 


大切にしょう、幸せに思おぅ、


   
“あたりまえ”とおもえることを。




本当は“あたりまえ”のことなんて

       ないのかもしれないですね。
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by kasumi231art | 2008-04-28 21:08 | 日々のこと。
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